CHAPTER02MASUMI CHO ADDRESS

100年受け継がれる
「満寿美住宅地」の邸宅思想。
1910年、阪急電鉄の創業者・小林一三の
発案により電鉄会社が
日本で初めて開発を手がけた
郊外型分譲住宅地「池田室町住宅地」が誕生。
そして1918年、「池田室町住宅地」に感化された
実業家・北田栄太郎により
拓かれたのが「満寿美住宅地」です。
以来100年、この地は駅前の邸宅街として
成熟を深めてきました。

北田栄太郎氏


駅前の3万坪もの土地に
「空気清澄」「風景絶佳」な理想郷を開発。
「満寿美住宅地」は池田駅前の土地3万坪を住宅地として開発。そのセールスポイントは
駅への近さに加え眺望や水質、
そして教育環境の良さであったといわれています。
当時の広告には「空気清澄」「風景絶佳」などの
言葉が並び、「理想的紳士郷」と銘打たれました。
満寿美町という麗しき名も、
住宅地開発に合わせて生まれました。

当時の街並み

当時の広告


1区画250坪、富裕層の
別荘地としても人気を博した屋敷街。
「池田室町住宅地」よりも高い邸宅思想を基に
創られた「満寿美住宅地」。
室町が100坪程度の土地を建て売りしたのに対し、
満寿美は約250坪の土地を注文住宅用として販売。
なかには500坪の屋敷もあったといいます。販売が進むにつれ「池田の高級住宅地」という評判が広がり、
大阪方面から別荘として購入する人も
多かったといわれています。

池田駅周辺の空撮(国土地理院撮影の空中写真/1948年撮影)、
満寿美町エリアのゆったりとした区画割がわかります。

脈々と息づく、誇り高き満寿美町の系譜。

この先に、駅前の華やぎが広がっている。
その事実をひととき忘れさせてくれる落ち着き。
人々の理想に応える駅前として選ばれてきた、
変わらぬ穏やかさが今なお息づいています。

邸宅街のゆとりが生んだ、
落ち着いた街並み。
長い時を重ねて住宅地としての
成熟度を深めてきた満寿美町。
豊かに成長した庭木や
石積みの風情が薫る外構など、
邸宅街として拓かれた当時の面影を
偲ぶ街並みが息づいています。
駅前にして、喧騒を感じさせない住環境。
それこそが、満寿美町の魅力といえるでしょう。

満寿美町の中枢を貫く、
美しく整備された並木道。
瀟洒な佇まいが印象的な
「カップヌードルミュージアム」から続く並木道。
かつては「天神通」と呼ばれた大道で、
通り沿いにはひときわ広い宅地があったといいます。
美しく整備された道のりは
満寿美町の
メインストリートと名乗るに
相応しい風格を醸し出しています。

現地周辺にて撮影

外観完成予想図
OPEN AIRもう、出会えない開放感。
南に爽やかな開放感が広がる、
貴重な駅前。
「レ・ジェイド池田満寿美町」は地上10階、
全邸南向きの総35邸を計画。
現地南側に広がる住宅街は池田市の条例により、
6階以上の建物を建てることができないエリアに指定。
心地よい開放感を手に入れる駅前ポジションは貴重といえます。
現地南側は建物の高さが制限された地域。 池田市では調和のとれた健全な市街地形成の推進を目指し
「池田市環境保全条例」を制定。
住居系の用途地域において建築物の高さを20m以下とし、
且つ階数を6階以下とするよう定めています。
「レ・ジェイド池田満寿美町」の開放感は、将来にわたり期待できるものといえるでしょう。
※高さ制限は商業地域、近隣商業地域、工業地域以外の用途地域内の建築物が対象となります。(一部除く)
詳細は「池田市環境保全条例」をご確認ください。
また内容は今後、変更される場合があります。予めご了承ください。

※掲載の外観完成予想図は、現地10階相当から撮影(2018年11月)した眺望写真に外観完成予想図を合成したものです。
完成予想図は図面を基に描き起こしたもので建物の形状、仕様等は行政官庁の指導、施工上の都合及び改良のため一部変更が生じる場合があります。